無指向性スピーカーエンクロージャーの自作       2016/09/11掲載

 私は健康診断で「高音部の聴力が衰えてきている」と数年前から指摘されており、耳鼻科の医者にも診断してもらいましたが、加齢性のもので治らない上に進行を止めるのも難しいということでした。これが契機で、少しでも聞こえるうちに音に関する楽しみをやりつくそうと考え始めておりました。
 以前から関心を持っていた無指向性スピーカーをそろそろ作りたいなと思い立ち、スピーカー自作派の応援企業であるフォステクス社のウェブサイトを見ておりましたら、「翌月から出荷価格を上げる」というアナウンスを見つけました。衝動的に12cmのフルレンジのスピーカーユニットを4本注文してしまったのですが、なぜ4本なのかというと、部屋の四隅に置くデジタル・サラウンド用のスピーカーを作るつもりだったからです。
 私の趣味の一つがホームシアターで、借りてきた映画DVD(BD)や所有する音楽DVDをアルコールを傾けながら楽しんでおります。DVD(BD)はドルビーサラウンド(5.1ch)などの音響効果が素晴らしく、以前からデジタル・サラウンドには視聴範囲(リスナーの場所)の広い無指向性スピーカーが向いているのではないかと考えておりました。また、ライブハウスでJAZZの生演奏を時々楽しんでおりますが、無指向性スピーカーの方が狭いライブハウスの雰囲気を再現するのに向いていると感じておりました。
 昔からスピーカーエンクロージャーの自作は好きで、故長岡哲夫の大ファンです。同氏設計のバックロードホーンを2種類製作した経験も持っておりました。

無指向性の実現方法

 無指向性の実現方法として、市販品の中には複数のスピーカーユニットを放射状に並べているものもありましたが、私は1つのユニットを上向きに付けて、その上に音を四方八方に反射・拡散させるデフューザーを置く方式を採用しました。
 無指向性といってもデジタル・サラウンドのスピーカーは部屋の四隅に配置されますので、360°の無指向性ではなく、90°の広指向性で良いことになります。

スピーカーエンクロージャーの形式

 市販スピーカーはバスレフ方式が主流のようですが、バスレフの設計は難しそうですし、私には設計スキルもありませんので、特に設計というものは不要と考えられる密閉型にしました。ホームシアター用のスピーカーとして低音用のサブウーファーを持っておりますので、新たに製作するこのスピーカーから低音を出す必要がないというのも密閉型にした理由の一つです。サブロクの板材を無駄なく使えるような大きさのトールボーイを考え、外形寸法を200mm×200mm×700mm(高さ)としました。

スピーカーユニットの選択

 フォステクス社製のフルレンジユニットには、バスレフ向きのユニットとバックロードホーン向きのユニットがありますが、密閉型向きというものはありません。上述した通り、エンクロージャーは密閉型としましたので、バックロードホーン用よりもバスレフ用のユニットの方が相性が良いと判断しました。また、上述のスピーカーエンクロージャーのサイズから120mm口径の「FF125WK」というユニットを選択しました。

スピーカーエンクロージャーの材質

 ホームセンターに表面が美しいシナベニアを購入しに行きましたが、スピーカーユニット購入の際についてきたサンプルの設計図に出ていた12mm厚のものがありませんでした。他の材料を探したところ、木の粉を接着剤で固めたMDFという材料を見つけました。一般の合板より若干重く、スピーカーエンクロージャー製作に適していそうです。初めて使う材料でしたので、丸鋸や木ねじが使えるか、ホームセンターの係の人に確認して購入しました。
 初めて使った材料ですが、私は大変気に入りました。合板は無垢材に比べれば反り返りが少ないのですが、この材料はこの反り返りがさらに少ないようです。表面は極めて滑らかで、このまますぐに塗装できそうです。今後の私の木工作に使う主材料にしようと思いました。
 製作中に気付いたのですが、木口に木ねじをねじ込む際、この材料は板が割れたり、ネジ穴が「バカ」になりやすいようです。ドリルで下穴をあける必要があり、その径も事前に試す必要があります。また、木の粉を接着剤で固めているので、木口の塗装も塗料の吸い込みは少なく仕上がりを期待していたのですが、合板と同様、木口の塗装を上手に仕上げるためには、何らかの下地処理が必要であることが塗装後に分かりました。

本体の製作過程

 木工作の成否は材料の切断精度に依存します。寸法はもちろん、直線や直角が精度高く出せるかがとても重要です。
 大きな板の切断は丸鋸を使いますが、自作のガイドを使いますとミリ単位以下の精度が得られます。丸鋸は一般用のものではなく造作用のものを所有しており、フレームが鉄板を曲げたものではなく、ダイキャストでできていて精確な切断に向いております。板材の幅が300mm以下になりますと、スライド丸鋸を使います。ウッドデッキを製作する際に購入したものを愛用しております。
 切断した板材の組立は木工用ボンドと木ねじを使いましたが、仕上げ(角をトリミングしました)を考えますとボンドだけの方が良かったかもしれません。デザイン性も考え、足も製作しました。
 当初は吸音材をバッフル板の対面となる底板だけに組立前に貼り付けました。吸音材は自動車用のスピーカーに使う波型のスポンジ状のものを採用しました。

デフューザーの製作

 上向きに取り付けたスピーカーから出てくる上向きの音を左右方向に反射するデフューザーとして、箱の中に45度に傾けた板を取り付けた簡単なものを当初作成しました。製作を容易にするため、スピーカーエンクロージャーとは分離し、簡単に改造できるようにしました。

塗装

 素人の木工作の最後の難関が塗装です。私はいつもこの塗装がうまくいかず、情けない外観になってしまうことが多いのです。製作したスピーカーはリビングに置かれますので、不細工なものにしたくありません。そこでスプレーガンを購入しようと考えました。スプレーガンは空気の圧縮ポンプも必要になり、かなりの出費となってしまいます。何か簡易なものはないかインターネットで探してみましたら、電動スプレーガンというものの存在を知りました。これですと1万円程度の出費で済みます。早速購入し、少し練習してみましたが、簡単に上質の塗装ができるようになりました。スライド鋸と同様買って価値のある道具で、もっと早く購入すればよかったと思います。
 塗装色は他のオーディオ機器に合わせ、艶消しの黒としました。しかし、あまり気に入らず、足の部分とデフューザーは上にクリアラッカーを吹きましたら、とても感じが良くなりました。

第1回視聴

 さていよいよ音出しです。今まで使っていたYAMAHAのトールボーイ(置き場所がなくなるので、ヤフオクですでに売却済み)からスピーカーケーブルを付け替えて出した音の第一印象ですが、はっきり言って失敗です。残響成分が極めて多く、とても満足できるものではありませんでした。

改造その1

 スピーカーユニットを外し、新たに購入した吸音材を開口部から大量に投入しました。この段階で音出しをしてみましたが、残響成分はほとんど減少しません。そこで、スピーカーエンクロージャー本体とデフューザーの隙間等にフェルトを貼り付けましたが、それでも残響はひどいものでした。
 デフューザーは隙間だらけなのがいけないのだと考え、コンクリート(正確には砂とセメントで作ったモルタル)を流し込んで不要な隙間を埋めました。これで少しは改善されたのですが、まだ満足に至らず、このスピーカーは失敗と一旦は評価せざるを得ませんでした。しかしせっかく作りましたので、スピーカーネットも製作して外観だけは良くして、しばらくは部屋のアクセサリーに成り下がっておりました。

改造その2

 反射音で聞くスピーカーは残響成分が多く、満足のいくものの製作は難しいと考え、直接音で聞く90度の広指向性スピーカーの製作を始めたのですが(別掲記事でご紹介します)、このスピーカーのデフューザーを外して真上から聞くと残響成分はありません。スピーカーの上に箱状のもの(デフューザー)を被せるのが問題であると推測し、オープンタイプのデフューザーを改めて作ることにしました。簡単に思いつくのですが、円錐形状のものをスピーカーユニットの真上に置いて、音を360度に反射させようというものです。
 そこで適当な大きさの円錐形のパーツを探したのですが、なかなか見つかりません。購入は諦めて、自分で製作することを考え始めたのですが、どのように作ればよいのか悩みました。木のブロックから削り出すことが考えられますが、木工用の旋盤を持っているわけではありませんので、難しいと判断しました。
 最初のデフューザーの隙間を埋めるためにモルタルを流し込んでおりましたが、このモルタルをメス型に流し込んで固めて作るという考えに至りました。コンクリートは音を良く反射します。メス型をどのように作るかが次の問題ですが、大型のジョウゴ(漏斗:ロウト)を使うアイデアを思いつきました。ジョウゴの出口部分を改造しなければなりませんが、粘土で塞げば何とかなりそうです。モルタルが固まった後、うまく外れるか心配しましたが、プラスチック製のジョウゴからは簡単に外れました。
 この円錐形状のデフューザーはとがった方をスピーカーユニットの方に向けて、ユニットの真上に置くので、接着剤だけで固定するのは不安です。モルタルで作るので重量もかなりあります。トラブルで落ちた場合はスピーカーユニットのコーン部分が完全に破壊されます。そこで、アンカーボルト(正確にはアンカーナット)を埋め込みました。ホームセンターで高ナット(長さ30mmのM6ナット)を購入し、埋め込まれる側に金属板を溶接して、高ナットがコンクリートから抜けないようにしました。

第2回視聴

 残響成分はほとんどなくなり、音の広がりが素晴らしいものになりました。
35年以上前に購入したテクニクス(現パナソニック)のコンサイスコンポの2Wayブックシェルフスピーカーが残っておりましたので、購入したスピーカー切替機で切り替えて、音の比較をしてみました。このスピーカーは非常に小型であるにも関わらず、購入当時結構な金額でしたので、なかなか良い音で鳴っておりました(右写真、スピーカースタンドは自作)。このスピーカーをリファランスにするつもりで比較したのです。製作した無指向性スピーカーの音の広がりは素晴らしいものの、ドラムのシンバル音で大きな差があります。高音域の性能が足りないと安直に判断してしまい、高音用のスピーカーユニット(ツイーター)を追加しようと考えました(エージング後に判断すればよかったのですが・・・)。

ツイーターの追加

 フォステクスのサポートに電話して、適当なツイーターを選択していただきました。アッテネーターを使わないことを前提に、FF125WKの音圧レベルと同等のツイーターとして、FT207Dを推奨いただき早速購入しました。このツイーターをどこに取り付けるかで悩みましたが、ツイーターはエンクロージャーが不要で、バッフル板に取り付けるだけで済みます。しかしバッフル板に付けただけでは無指向性にはなりません。ツイーターをどのように無指向性にするかですが、ツイーターを下向きに取り付けて、本体と同様に円錐形状のデフューザーに音を当てて反射させ、無指向性にしたものを本体の上に置くことにしました。FF125WKとの音域調整用の本格的なネットワークは準備しませんでしたが、ツイーター保護(低域カット)用として、コンデンサーのみ直列につないでおります。

第3回視聴

 テクニクスのスピーカーと比較しますとまだ高域が足りないと感じましたが、満足いく程度のドラムのシンバル音となりました。

リファランススピーカーの購入

 テクニクスのスピーカーよりも後に購入したONKYOのブックシェルフスピーカーも残っておりましたので、スピーカー切替機につないで聞こうと出してきたのですが、コーンのエッジ部分がボロボロになっておりました(右写真参照)。ここで沸々と湧いてきたのがテクニクスのスピーカーも経年変化で劣化しているのではないかという疑問です。テクニクスのスピーカーエンクロージャーは金属のダイキャスト製で、スピーカーネットを外せず、ユニットの状態が良くわかりません。改めてテクニクスのスピーカの音を聞いてみますと、高音と低音のバランスが崩れているように感じました。スピーカーユニットの劣化が原因か、あるいはネットワークに使われているコンデンサーの劣化が原因か分かりませんが、もはやレファランスとしての役割は無理と判断し、レファランスとなるスピーカーセットの購入を検討し始めました。
 どうやらオーディオマニアが陥る泥沼に私も嵌ってしまったのかもしれません(笑)。市販のスピーカーセットを購入するのであれば、昔から憧れていたJBLのスピーカーにしようとすぐに決めました。どの機種にするかですが、まずトールボーイを前提にしました。予算も限られておりますので、STUDIO 270を候補にして熱帯JAZZ楽団のCDを持参し、秋葉原のアバックで試聴させていただきました。試聴の結果、とても気に入りましたのでその場で購入しました。

JBLスピーカーとの比較試聴

 1週間後に届いたJBLの音出しです。エージングがこれからですが、最初からなかなか良い音、艶やかな音で鳴ってくれます。早速スピーカー切替機に接続して聞き比べてみました。
 無指向性スピーカーの中高音の音質はJBLのそれとかなり似ております。JBLが左右のスピーカーの間に各楽器が定位するのに対して、無指向性スピーカーは楽器の定位が曖昧になるものの、真横からも音が聞こえてくるような音の広がりを感じます。無指向性スピーカーからの音は、スピーカーの背面や横の壁からの反射音も耳に届くからだと思います。大きなコンサートホールではなく、ライブハウスのような狭い部屋の音場を無指向性スピーカーは良く再現してくれているように感じました。私はコンサートホールよりもライブハウスの雰囲気の方が好きなんです。
 大きな違いは低音域で現れました。JBLはシアタースピーカーとしてのデジタルサラウンドを意識しているせいか、重低音が素晴らしいです。5.1ch用のサブウーファーには負けるのですが、この重低音であれば、サブウーファーは不要とも考えられるほどです。無指向性スピーカーは低音をサブウーファーに任せるという考えで作り始めましたが、JBLはさすがと言わざるを得ませんでした。JBLと比べると貧弱ですが、無指向性スピーカーでもそこそこ低音は出ており、BGMとして音楽を流す目的では、サブウーファーの必要性をそれほど感じません。

エージングの重要性

 追加したツイーターとサブウーファーを組合わせて、エージングを兼ねて無指向性スピーカーの音場を楽しんでおりました。無指向性スピーカーは4台製作し、2台ずつエージングを進めました。自分の耳でエージングの効果が認識できるか疑問視していたのですが、2台ずつエージングしましたので、エージングの進んだスピーカーとこれからのスピーカーを比較することができ、明らかな違いを感じ取ることができました。同時にエージングが進めば高音が良く出るようになり、ツイーターが不要になることも分かりました。

次なる製作

 スピーカーユニットを上向きに取り付けておりますので、その上に埃がたまります。これの防止策ですが、腹巻型のスピーカーネットを作成して、デフューザー部分を覆うことを考えております。
 製作した無指向性スピーカーはとても気に入っており、ソースによってJBLと切り替えながら楽しんでいたのですが、サブウーファーの力を借りずにJBLの重低音に負けない無指向性スピーカーを製作してみたくなりました。完全にオーディオマニアのドツボに嵌ってしまいました(笑)。題して「無指向性2Wayバックロードホーンスピーカー」です。これは別掲記事としてご紹介します。


 なお、上でご紹介した写真以外のものを含め、拡大写真はこちらでご覧いただけます。