早期事業再生ガイドライン (印刷用PDF

2004/04/19
  • 新たな景気動向
  • 創刊号(ホームページ上のサンプルマガジンです)から3週間ほどの間に、景気回復に関する様々な報道がなされました。

    まず、日本経済新聞社が3ヶ月ごとに実施している「日経消費DI」において、「消費者の支出意欲」が「高まっている」と答えた企業の割合が「低くなっている」の割合を8年ぶりに上回り、消費者の財布の紐が緩み始めたことが窺えます。 消費者の収入が増えない中での現象ということで若干の懸念はありますが、長く続いた節約生活への反動と従来の商品・サービスを置き換えるような魅力ある商品・サービスの登場がその要因と考えられます。

    また、日銀の景気総括判断において「緩やかな回復を続けており、国内需要も底堅さを増している」と評価され、「底堅さを増す」という表現は約7年ぶりとのことです。

    出荷、卸売り段階での企業間の取引価格を示す国内企業物価指数も2000年9月から続いていたマイナスがプラスに転じ、消費者物価指数への波及はこれからとはいえ、消費意欲の高まりとともにデフレ解消の期待が膨らんできました。

    これ以外にも減損会計(本店や支店の土地建物、工場の生産設備などの固定資産の収益性が低下し、資産価値が簿価を大幅に下回ったときに、その差額を損失に計上する会計制度。2003年度から適用し、2005年度に完全導入するように提唱されている)の前倒しを進める動きが大手小売業に出てくるなど、経済界は景気回復を実感してきているようです。

    景気回復への懸念材料として円高、金利上昇、地政学的リスクの高まり等が残っておりますが、景気回復の足音が聞こえ始めたと感じる方々も少なくないのではないでしょうか。

    しかし、ここで少し落ち着いて考えてみましょう。皆さんの会社は現状のままでこの景気回復の波に乗って行けますか。財務体質の改善なしに資金繰りや設備投資用資金の調達がうまくいきそうですか。不採算事業がなんらの手を打つこともなく好転しそうですか。景気回復の波に乗る戦略は十分に練り上げられていますか。

    暗く長かったトンネルの出口が見えはじめた今こそ、企業再生・経営革新に対する真剣な取り組みが求められます。

    前号(創刊号)では政府の「景気回復へのシナリオ」と「企業・産業再生に関する基本指針(「過剰債務問題」と「過剰供給構造問題」)」について簡単にご紹介しましたが、今回は上記の「基本指針」の中に施策として出てくる「早期事業再生ガイドラインの策定」について考えてみます。


  • 「早期事業再生ガイドライン」の制定趣旨
  • 「早期事業再生ガイドライン」では政府の指摘する上記2つの問題のうち、主に「過剰債務問題」について取り上げられております。このガイドラインを定めた趣旨はその前文に書かれております。

     ・企業が早期に事業再生に着手し過剰債務に陥ることを未然に防止するとともに、過剰債務を抱える企業が迅速な事業再生に取り込むことを促す。

     ・事業再生は当該企業による自助努力が前提であり、債権者である金融機関や株主となる企業再生ファンド等の民間セクターの主体的な関与によって初めて可能となるという基本的な認識のもと、早期事業再生に向けた新たな慣行の定着を目的とする。


  • 早期事業再生に対する基本的考え方
  • ガイドラインでは過剰債務に陥る前の企業に対しては「早期着手」、不幸にも過剰債務に陥ってしまっている企業に対しては「迅速再生」がキーワードであると述べています。日本の現状は事業再編法制や倒産法制が整備され、再建途上の企業に対する金融手法も拡充されてきているにもかかわらず、様々な理由により事業再生に着手するタイミングが遅く、再生にも時間を要する傾向にあることから、この2つがキーワードになっているのです。 「基本的考え方」においては、「過剰債務に陥る前の企業」と「過剰債務に陥ってしまっている企業」に分けて対策が考えられていることにも留意してください。

    まず、そもそもどのような状態が「過剰債務」となるのかが問題となりますが、このガイドラインでは「過剰債務」の定義は述べられておりません。個人でしたら自分の収入から生活に必要な費用を差し引いた残りのお金で、借金を返済していくことになりますが、この返済が妥当な期間で完了するのであれば、過剰な借金とはいえません。

    企業でも同じように考えることができます。個人の「収入-生活費」は企業でいえばキャッシュフロー(簡単に言ってしまえば、「営業利益+減価償却費等の現金支出を伴わない費用」)に相当し、負債をこのキャッシュフローで割って求めた債務返済年数で判断できます。債務返済年数の平均は業種によって様々でしょうが、一応の目安として10年と考え、自社が過剰債務状態かどうか判断してみてはいかがでしょうか。 中小企業においては取引先の目、税制、保証協会のルール等を気にし、企業債務に対して個人保証を強いられているオーナー経営者や経営幹部でもある家族・親戚縁者等への報酬を増やすことによって社外に資産を蓄積し、赤字決算を続けているところがあります。このような企業にあっては正直ベースのキャッシュフローで検討する必要があります。

    余談ですが、海外の格付機関による日本の国債(借金)の格付は、先進7カ国の中でもっとも低い評価となっております。これは単純にいえば、この国債発行残高を日本国のキャッシュフロー(平たく言って「歳入-歳出」)で割って求めた債務返済年数が過剰、つまり日本国自体が過剰債務状態もしくはそれに近いと判断されたということなのでしょう。

    ガイドラインでは「早期着手」を実現するためには経営の評価軸の変更や融資慣行の転換、より積極的な株主行動の実現といった仕組みの確立が必要であり、「迅速再生」を実現するためには倒産法制の戦略的な活用や外部の専門家人材の活用が必要と述べております。 「迅速再生」における倒産法制とは「会社更生法」、「民事再生法」等を意味しており、法律の専門家である弁護士の活動領域です。このメールマガジンで取り上げるにはいささか暗い話題ともなるので、「早期着手」のための参考にもなることだけにとどめたいと思います。

    次に具体的な取組について見ていきましょう。


  • 過剰債務構造の未然防止のための事業再生の早期着手に向けた取組
  • ここでの取組は、「経営者主体」、「債権者主体」、「投資家・株主主体」、「環境整備」の4つに分けて論じられております。

    ・「経営者主体」の取組のポイント
    ここではキャッシュフローベースの経営を求めています。特に「早期事業再生関連指標群の活用」は「事業再編成」と「経営改善計画の立案と実行」とともに企業再生の三本柱の一つである「財務体質の改善」という観点からも非常に重要であり、次回以降に取り上げる予定でいる「金融検査マニュアル」(「不良債権処理」を含む)で詳しくお話しますので、今回は割愛します。

    また、コーポレートガバナンス体制の充実についても簡単に触れております。コーポレートガバナンスの定義についてはいろいろありますが、私はある書物から得た「企業の持続的な発展を目指して公正かつ効率的な経営が行われるよう、経営者の業務執行を監督、評価する仕組み」という定義が気に入っております。より易しく言えば、「会社の経営に緊張感を与える仕組み」といっても良いでしょう。この「コーポレートガバナンス」についても、改正商法にも触れながら稿を改めて取り上げる予定です。

    ・「債権者主体」の取組のポイント
    ここでは事業収益別のキャッシュフローに着目した融資慣行への転換の重要性を説いています。新しい融資形態の一例として「財務制限条項が付いた融資形態」という言葉が出てきますが、ここでいう「財務制限条項」とは「債権者(主に金融機関)に対して定期的に財務諸表などを提出して情報を提供する報告義務や、健全な財務比率を維持する義務等」を意味します。また、プロジェクト・ファイナンスという言葉も出てきますが、これは「企業や保証人などの信用力に基づくのではなく、特定の事業計画それ自体の収益計画の妥当性を検討して、それに対する事業資金を提供し、返済もその特定の事業の収入のみを財源とするファイナンス」を意味します。

    不動産担保ではなく事業のキャッシュフローに着目した融資慣行の定着を促すという取組も重要な考え方です。事業資金の調達において一般的には不利な立場に立たされてきた中小企業でも、十分なキャッシュフローを得られる事業を営みさえすれば、不動産等の担保がなくても事業拡大のための融資が受けやすくなるということです。債権者としての金融機関に対しても「担保価値の評価能力」よりも「貸出先の事業に対する評価能力」を高めることが今まで以上に求められてきます。

    「企業」単位ではなく、その企業が営む「事業」単位のキャッシュフローの把握が必要になるので、企業には「財務会計」だけでなく、「管理会計」も求められているのですが、中小企業ではこの「管理会計」を行っていない企業が過半数ではないかと推測されます。今後は自ら行うのが理想ですが、顧問の税理士とも相談し、この「管理会計」に取り組んでいかなければなりません。

    ・「投資家・株主主体」の取組のポイント
    事業再生を主導する主体として、企業再生ファンドや事業法人によるM&A(Mergers[合併] & Acquisition[買収])が注目されています。ここで出てくる「企業再生ファンド」について若干の説明をしておきます。企業再生ファンドとは「経営状態が悪化し、本業のてこ入れを必要としている企業を対象にする未公開株投資会社などが運用するハイリスク・ハイリターンの投資資金」をいいます。ハゲタカファンドなどと陰口をたたかれる投資資金もこの企業再生ファンドの一種ですが、傾いた企業を立て直すのは容易ではなく、裏ではその企業に送り込まれたスタッフが大変な努力を払っていることを無視するわけにはいきません。

    ・環境整備
    ガイドラインのこの部分の正式タイトルは「再生着手を遅延する行為への警鐘と経営者の再挑戦を可能とする環境整備」となっております。粉飾決算や商取引の裏付けのない融通手形の授受、返済見込みのない借入れに対しては刑事上および民事上の責任追及の可能性があります。これに対する警鐘です。

    「警鐘」よりも私が気になるのは「経営者の再挑戦」の方です。中小企業では税理士を顧問に頼んで、記帳や決算、税務・経営相談にのってもらうケースが多いと思われます。「経営者は孤独である」とよく言われます。その唯一の相談相手であろう顧問の税理士が顧問先の経営者に対して勇気付けの言動をとること自体はよろしいのですが、時として必要以上にがんばらせてしまう面があることを否定できないのではないでしょうか。その結果、リターンマッチを戦う体力すら使い果たしてしまう経営者が少なくないのではないかと感じるのです。企業再生に取り組んでいる経営者はリターンマッチを戦える体力を残して撤退する判断基準を、ご自身で事前に明確にしておく必要があります。


  • 過剰債務構造を解消するための迅速再生に向けた取組
  • 「早期事業再生に対する基本的考え方」のところで述べましたように、この部分については「早期着手」に参考となることだけにとどめます。

    ガイドラインではこの部分の「事業再建法制の活用を躊躇させている障害の解消」のなかで、「金融検査における債務者区分の明確化」に触れております。金融機関は資金の貸出先を一定の基準に従って分類し、その分類に応じて金融機関内部の財務処理や資金の貸出姿勢を決定しています。金融機関から融資を受けている企業は自社がどのように分類されているかによって、既存の借入金の返済と今後の資金繰りに大きくかつ厳しい影響が出てくるのです。この分類するための一定の基準が「金融検査マニュアル」です。


    次回はこのメールマガジンの最初のハイライトとなる「財務体質の改善」に大きなヒントを与えてくれる「金融検査マニュアル」について金融機関の不良債権処理とも絡めながら考えていきます。


    以 上


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