金融検査マニュアル (印刷用PDF

2004/04/26
  • 前号までの復習
  • 前号では政府が制定した「早期事業再生ガイドライン」について、「過剰債務に陥る前の企業」に対する事業再生に向けた取組の「早期着手」を中心に、「過剰債務に陥ってしまった企業」に対する「迅速再生」についてもご紹介しました。そこでは「過剰債務」状態の捉え方についてご理解いただくとともに、企業再生を目指す企業経営者が取組むべき課題(キャッシュフロー経営等)、債権者である金融機関が取組むべき課題(キャッシュフロー融資慣行等)、投資家・株主が取り組むべき課題ならびに環境整備について触れました。

    本号から数回にわたって取り上げるテーマは、「早期事業再生ガイドライン」の「迅速再生」に対する取組のなかで取り上げられ、「財務体質の改善」に大きなヒントを与えてくれる「金融検査マニュアル」です。企業の経営状況を「財務の視点」からモニタリングし、金融機関側の事情を理解して運転資金や設備投資のための資金融資を金融機関から円滑に受けるコツを探っていきましょう。


  • 「金融検査マニュアル」とは
  • 「金融検査マニュアル」とは、金融庁の検査官が預金等受入金融機関を対象に検査する際に用いる手引書のことで、平成11年7月に公表されております。これはあくまで金融庁の検査官が利用するものであり、金融機関が資金の貸付先企業を審査するために利用するものではありません。

    検査の対象ではない企業がなぜこのマニュアルに関心を持つ必要があるのか、それは政府が金融機関の不良債権処理を促進して金融機関に対する内外の信頼を回復し、金融検査を通じて資金貸付先企業に対して間接的に体質変革を迫っていると読み取れるからです。

    なお、預金等の受入機能を持たないノンバンク等の金融機関はこのマニュアルに従う検査の対象とはなっておりませんが、資金貸付先の審査を行うまともな金融機関はこのマニュアルの影響を確実に受けていると思われます。


  • 「金融検査マニュアル」の基本的考え方
  • 金融機関は私企業です。しかし、その主たる債権者は預金者である一般公衆ですので、この公衆の利益は適切に保護する必要があります。ペイオフ解禁を来年にひかえ、預金者にも金融機関に対する関心が高まっています。また、一金融機関の破綻は金融システム全体に波及し、健全な間接金融を阻害して経済活動に重大な危機を招く恐れもあります。ここに私企業である金融機関に対して国家が関与していく理由があるのです。

    ・当局指導型から自己管理型へ
    従来の最も競争力の弱い銀行を基準にして保護する銀行行政であった「護送船団方式」は金融ビッグバンにより終焉を迎え、自由金利の定着や金融業務の自由化などが図られてきているので、金融機関には自己責任原則に従った経営が強く求められています。

    ・資産査定中心からリスク管理重視へ
    自己管理責任に基づく金融機関の活動範囲が広がるに従い、それに伴うリスクも増大します。このリスクはすべて最小化すればよいというものではありません。戦後、日本の企業は欧米の産業をまね、業務の効率化を通して製品の高品質化と低価格化を実現することによって大規模化し、その結果、日本は先進国の仲間入りを果たしました。金融機関においてはこの企業の規模や業績の蓄積である不動産等の担保査定によって資金貸付の妥当性を判断していれば足りました。しかし近年は世界をリードしていくような産業が育ち、ベンチャービジネスも台頭してきております。このような時代にあっては、適切なリスク管理を実施しつつ、貸付債権の回収不能というリスクを覚悟して、創造型産業構造へ転換していく舵取りが金融機関に期待されております。


  • 「金融検査マニュアル」の構成
  • 「金融検査マニュアル」は上記の「基本的な考え方」をベースに、大きく「法令等遵守」と「リスク管理」の2つに分けられます。また、この「リスク管理」の中は「信用リスク」、「市場関連リスク」、「流動性リスク」、「事務リスク」、「システムリスク」のそれぞれのリスクに関する確認検査のあり方、ならびにリスク管理全体に共通の「共通編」の6つに分かれています。情報技術系出身の私としては「システムリスク」に関心がいってしまうのですが、企業の「財務体質の改善」に関係が深いのは「信用リスク」です。

    各リスクの定義は次のとおりです。

    信用リスク:
    信用供与先の財務状況の悪化等により、資産(オフバランス資産を含む)の価値が減少ないし消失し、金融機関が損失を被るリスク

    市場リスク:
    金利、有価証券等の価格、為替等の様々な市場のリスク・ファクターの変動により、資産(オフバランス資産を含む)の価値が変動し損失を被るリスク(それに付随する信用リスク等の関連リスクを含み「市場関連リスク」とする)。「市場リスク」は「金利リスク」、「価格変動リスク」、「為替リスク」から構成される。

    流動性リスク:
    金融機関の財務内容の悪化等により、必要な資金が確保できなくなり、資金繰りがつかなくなる場合や、資金の確保に通常よりも著しく高い金利での資金調達を余儀なくされることにより損失をこうむるリスク(資金繰りリスク)と市場の混乱等により市場において取引が出来なかったり、通常よりも著しく不利な価格での取引を余儀なくされることにより損失を被るリスク(市場流動性リスク)

    事務リスク:
    役職員が正確な事務を怠る、あるいは事故・不正等を起こすことにより金融機関が損失を被るリスク

    システムリスク:
    コンピュータシステムがダウン又は誤作動等、システムの不備等に伴い金融機関が損失を被るリスク、さらにコンピュータが不正に使用されることにより金融機関が損失を被るリスク

    「オフバランス」とは企業の持つ資産を切り離すことで、その資産を持つことによるリスクや資金負担を軽減させ、企業価値の増大につなげることを意味します。事業用設備の売却後のリースバックや不動産の証券化などがその一例です。一般の企業にとって「オフバランス」は「財務体質の改善」のための手法のひとつでもあります。

    「金融検査マニュアル」ではこれらのリスクに対する金融機関の対応を確認するためのチェックリストに多くのページが割かれております。

    「金融検査マニュアル」の構成はこの程度のご紹介にとどめて、肝となる「信用リスク」の内容に移りましょう。


  • 「信用リスク」の概要
  • 「信用リスク」の検査用マニュアルはさらに「自己査定に関する検査」、「償却・引当に関する検査」、「自己資本比率に関する検査」の3つに分かれて書かれております。

    金融機関の保有する資産(皆さんの所属企業が借り入れている資金もこれに属しています)を個別に検討して、回収の危険性又は価値の毀損の危険性の度合いに従って区分し、預金者の預金などがどの程度安全確実な資産に見合っているか、言い換えれば、資産の不良化によりどの程度の危険にさらされているかを判定することを「資産査定」といいますが、金融機関自らが行う「資産査定」を「自己査定」と呼んでいます。

    「償却・引当」とは自己査定結果に基づき、貸倒等の実態を踏まえ債権等の将来の予想損失額を適時かつ適正に見積もることです。

    簡単に言うと、金融機関は自分の有する貸付債権が回収不能となる可能性を適切に検討し、その危険性が顕在化したときに備えておかなければならず、その備えを差し引いた上で貸借対照表の資産に対する自己資本の割合を算出することが義務付けられているのです。この義務は自己資本比率を算出するだけにとどまりません。算出された自己資本比率が一定の水準に達しなければ、金融機関は金融庁から業務停止を含む様々な命令に服しなければならないのです。ここで「その危険性が顕在化したときに備えておく(償却・引当)」ことが「不良債権処理」であり、「備え」が貸倒引当金です(直接償却はここでは考えないことにします)。自己資本比率の一定水準とはBIS規制のことであり、国際業務を行う金融機関は8%以上、国内業務だけを行う金融機関は4%以上という水準に設定されております。

    これで金融機関が「貸し剥がし」や「貸し渋り」をする理由が理解できます。業況が良くない企業への貸付債権(不良債権)をうまく回収できれば、それが回収できなかったときに備えていた貸倒引当金を減らすことが可能となり、結果として自己資本が増加します。また、このような企業に貸付を行えば、貸倒引当金を積まなければなりませんので、自己資本が減少してしまいます。この貸倒引当金の額は半端ではありません。優良企業に対する貸付であれば貸付金額の0.3%程度で済みますが、業況の悪い企業に対する貸付であれば、70~100%もの引当が求められるのです。

    これが中小・零細企業を直撃してしまいました。中小・零細企業は取引先の目や税金、信用保証協会のルールを考慮して自己資本を充実する方向に動きません。顧問をしている税理士も一般的には今までそのようにアドバイスしてきました。その代わり個人保証を強いられている経営者や幹部である縁故者への報酬を増やすことにより、社外に資産を蓄えているケースが多いのです。しかし、自己資本が過少であると、少しの赤字を出しただけですぐに債務超過に陥ってしまいます。社外に資産を蓄えていますからすぐに破綻するわけではありませんが、中小・零細企業は一般に不良貸付先ということになってしまうわけです。

    このようなわけで「金融検査マニュアル」は中小・零細企業の実態を無視し、破綻に追い込むものとの批判が続出しました。その中小・零細企業を主な貸付先としている50を超える信用金庫や信用組合も現実に破綻に追い込まれているのです。そこで金融庁は中小・零細企業の実態を踏まえ、この「金融検査マニュアル」を適用する際の解釈や運用例をまとめた「金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)」を3年遅れの平成14年6月に公表し、本年(平成16年)2月に解釈・運用例をさらに充実させた改訂を行ないました。この中では上記の「社外資産」の取り扱いについても言及されております。

    ではどのようにして金融機関の貸付債権を不良債権と判断し、それに対する備えである貸倒引当金の額を算定するのでしょうか。ここで出てくるのが「信用格付」や「債務者区分」という考え方です。


次回はこの「信用格付」、「債務者区分」について考えていきます。


以 上


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