私的整理と法的整理 (印刷用PDF

2004/06/07

    本号ではIT関連の話題をご紹介すると前号で申し上げておりましたが、三菱自動車工業、カネボウ、UFJに関する報道が継続しておりますので、予定を変えて企業再生に関する話題に戻すことにします。

    早期事業再生ガイドラインのご説明をした際に、過剰債務状態にすでに陥ってしまっている場合の企業再生についてはこのメールマガジンでは積極的には扱わないことにすると申し上げたのですが、三菱自動車工業やカネボウの場合はこれに該当します。新聞報道をより深く理解するため、今回はこの過剰債務状態に陥ってしまった企業の再生を取り上げることにします。

    なお、本号でご説明する各種「整理」には「再建型」と「清算型」がありますが、ここでは「再建型」を念頭においております。


  • 企業再生の二つの手法
  • 企業再生のための手法には大きく分けて2つ存在します。ひとつは再生の対象となっている企業に関係するステークホルダー(利害関係者)との協議によって再建を進める「私的整理」です。もうひとつが会社更生法や民事再生法という法律の強制力を利用して再建を進める「法的整理」です。

    「法的整理」は企業の持つ価値の毀損の程度が著しく、周囲に与える影響も甚大です。ステークホルダーの合意が得られるのであれば、「私的整理」をまず検討し、複数の債権者との調整がつかない場合の最後の手段として「法的整理」を検討すべきです。


  • 私的整理による再生
  • 法的整理(会社更生法、民事再生法等の適用)の手続きに従ったのでは事業価値が著しく毀損されて再建に支障が生じる恐れがあり(信用やブランド力の低下、人材の流出)、私的整理に従った方が債権者と債務者双方にとって経済的合理性がある場合があります。つまり財力の落ちてしまった債務者の現時点の資産から他の債権者と公平に弁済を受けるより、債権の一部を債権放棄してでも事業再生させ、残りの債権に対する弁済もしくはDESにより変換された株式のキャピタルゲインを得た方が有利という判断が債権者に働かなくてはなりません。

    私的整理は2つに類別できます。「私的整理に関するガイドライン」に従う整理による再生と、これに従わない一般の私的整理による再生です。

    1. 「私的整理に関するガイドライン」に従う整理による再生

    1999年に複数の準大手ゼネコンに対して金融機関が恣意的なやり方で、単なる贈与といっても良いような債権放棄を行い、これに対しては多くの批判が出ました。その反省に立って2001年9月に策定されたのが「私的整理に関するガイドライン」です。

    「私的整理に関するガイドライン」の適用要件の概要は次のとおりです。

    ・3年以内に実質債務超過の解消が見込めること
    ・3年以内に経常利益の黒字化が見込めること
    ・債権放棄を受けるときは、支配株主の権利を消滅させ、減増資により既存株主の地位を減少または消滅させること
    ・債権放棄を受けるときは、債権放棄を受ける企業の経営者は退任すること

    ここで「債務超過」は「過剰債務」とは異なる概念ですので簡単にご説明しておきます。「債務超過」は所持している「資産」の額よりも「負債(借金)」の額の方が多くなってしまっている財務状態です(「資本」はすでに消滅しています)。「過剰債務」は企業のキャッシュフローから有利子負債を合理的な期間で返済できない状態です。従って「過剰債務」状態であっても「債務超過」には至っていない場合もありますし、レアケースですが「債務超過」状態であっても「過剰債務」ではない場合もありえます。

    このガイドラインでは原則として経営者の交代が求められますので、その経営者がいるからこそ会社が成り立っているような中小企業への適用は難しい面があります。また、このガイドラインができてから1年余り後に公表された『「私的整理に関するガイドライン」運用に関する検討結果』によりますと、この間にこのガイドラインが適用になったケースはわずか6件であったとのことです。このガイドラインは法律や条例ではありませんので、強制力はありませんが、このガイドラインの考え方自体は大変参考になります。

    2. 一般の私的整理による再生(任意整理)

    前述の「私的整理に関するガイドライン」に従わない再生で、任意整理とも呼ばれます。現在の私的整理の多くはこの任意整理です。三菱自動車工業もカネボウもこの任意整理で再生が行われようとしています。

    新聞報道によりますと、カネボウの場合は99.7%の減資により既存株主の持分を減らし(ほとんどゼロに等しい)、産業再生機構が200億円、三井住友銀行が300億円(議決権なし)を出資するとのことです。減資、債権放棄、経営者の交代ということから「私的整理に関するガイドライン」に近い性格ですが、ガイドラインに定められている手続きが踏まれたという報道はありませんでした。

    三菱自動車工業の場合は減資という形で既存株主の責任が問われておりませんので、金融機関等の債権者も債権放棄を行いません。筆頭株主となるフェニックス・キャピタルは三菱自動車工業を対象にした企業再生ファンド(仮称「MMCファンド」)を7月に組成する予定で、外資系金融機関等からすでに700億円を集めているとのことです。この資金で株式の有利発行(出資を決めた時点では株価240円、先週末時点での株価194円に対して1株100円で引き受ける)を受けるので、減資に似た効果は出ます。しかし、今後株価がさらに下がっていくようでしたら、1株100円で引き受けてもこの効果は限定的となってしまいます。


  • 法的整理による再生
  • 1. 会社更生法

    会社更生法は大企業を対象に制定されましたが、株式会社であれば中小企業が会社更生法の適用を申請することもあります。理由は会社更生法の方が民事再生法よりも強力な強制力を備えているからです。

    会社更生法と民事再生法の大きな違いは、会社更生法は抵当権者等の担保権者の権利も多数決によって強制的に変更することができること、会社更生法の適用を申請した企業の経営者は退任させられ、既存の株主も持株を消滅させられて追い出されてしまうことです。このことから会社更生法は「合法的会社乗っ取りの制度」であるとよく言われます。

    2. 民事再生法

    民事再生法は1999年に成立し、2000年から施行された新しい法律です。それまでは「和議法」という法律がありましたが、裁判所がこの適用に非常に消極的であったので、ほとんど利用されませんでした。

    会社更生法は株式会社を対象としていますが、民事再生法は株式会社ばかりでなく有限会社等の小規模な会社、社団法人、財団法人、協同組合などすべての法人と個人に適用されます。本来は中小企業が対象となることを念頭において制定されており、そのため経営者の交代を求めておりません。この点が注目され、「マイカル」などの大型倒産についても民事再生法の適用が申請されました。もっとも「マイカル」の場合、取締役会での内紛で会社更生法ではなく民事再生法の適用が申請されたのですが、結局は会社更生法の適用となっております。

    民事再生法の最大の特徴は、会社更生法の説明のところでも触れましたが、担保債権者の権利を尊重しているところにあります。


  • 三菱自動車工業の再生について
  • 三菱自動車工業は先週新たなリコール隠しを公表しました。しかし、この事実はフェニックス・キャピタルには事前に知らされていませんでした。フェニックス・キャピタルはこのリコール隠し公表後も投資は予定通り実行するといっておりますが、「MMCファンド」への出資予定者も同様に心変わりがないとは言い切れないように感じます。経営には興味を示していないJPモルガンの出資予定の動向については何も報道されておりません。度重なる不祥事により雪印食品の解散に追い込まれた雪印グループを私は思い出してしまいました。

    三菱自動車工業には新しい経営者が三菱グループから送り込まれましたが、日産自動車のゴーン氏のように過去にしがらみのまったくない経営者というわけではなさそうです。

    5月の新車販売台数は前年同期比38.8%減になっており、再生計画における2004年度の国内販売予定である前年比16.4%減を大きく下回っております。再生計画の見直しは避けられないと考えられます。

    出資者の1社である三菱重工業は三菱自動車工業に対する増資引き受けの差し止めを求める仮処分を株主から申し立てられました。

    このように三菱自動車工業の再生は大変厳しいものとなってきております。今後の再生の成否は、消費者の信頼回復に直結する企業統治(コーポレート・ガバナンス)の確立を重視し、事業再生委員会を主導するフェニックス・キャピタルが、筆頭株主という地位を背景にどこまで力を発揮できるかが大きなカギを握っています。

    三菱自動車工業の場合に限らず、企業再生ファンドは今後企業再生に大きな役割を果たしていくことが期待されております。企業再生ファンドはハイリスク・ハイリターンの投資ですし、ハゲタカファンドなどという悪いイメージを持つ方も少なからずおりますので、日本ではこのような投資を積極的に行おうとする投資家が今までそれほど多くはおりませんでした。しかし、企業再生ファンドは企業再生のための有益な仕組みの一つですので、日本の企業の再生のために組成されるファンドには日本の機関投資家が積極的に関与してきてほしいと私は考えており、「企業再生ファンドよ、がんばれ」とエールを送りたいと思います。


以 上


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