信用格付と債務者区分 (印刷用PDF

2004/05/03
  • 前号までの復習
  • 前号では金融庁が作成した「金融検査マニュアル」とはなにか、その目的と一般企業がこれに関心を持たざるを得ないわけ、「金融検査マニュアル」の基本的な考え方をご紹介するとともに、内容となる「リスク管理」、その中でも中心となる「信用リスク」の導入部分をお話しました。

    本号では「金融検査マニュアル」の「信用リスク」について、債務者の立場から最も関心を払わなければいけない「債務者区分」と金融機関が独自に実施する「信用格付」について話を進めていきます。


  • 不良債権
  • 不良債権とはその回収の危険性又は価値の毀損の危険性の高いものをいいます。ここで留意しなければならないのは、債権は優良債権と不良債権のどちらかという二者択一的な性格を持つものではなく、あくまで程度問題であり、最優良と最不良の間のどこかに位置づけられるということです。金融機関はこの危険性の程度に応じてそれに見合う備え(貸倒引当金を積む)をしておくことになります。

    同じ債務者に対する貸出債権でも不動産に設定される抵当権等の物的担保を伴うもの、連帯保証人が設定される人的担保を伴うものなど、条件によって債権の優良度は異なります。しかし、この担保や保証人の財力等でカバーされている部分を除けば、同一債務者に対する債権は同一の危険性を持つと判断すべきです。このような考え方に基づき、次に説明する「債務者区分」や「信用格付」は個々の「債権(債務)」単位ではなく、複数の債務を負っている「債務者」単位で判断されます。


  • 債務者区分
  • 「金融検査マニュアル」では上記の「回収の危険性又は価値の毀損の危険性」の程度に応じて、債務者を区分しております。つまり「債務者区分」とは債務者の財務状況、資金繰り、収益力等により、返済能力を判定して、その状況等により債務者を「正常先」、「要注意先」、「破綻懸念先」、「実質破綻先」および「破綻先」に区分することを意味します。それぞれの区分は次のように定義されております。

    正常先:
    業況が好調であり、かつ、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者

    要注意先:
    金利減免・棚上げを行っているなど貸出条件に問題のある債務者、元本返済若しくは利息支払が事実上延滞しているなど履行状況に問題がある債務者のほか、業況が低調ないしは不安定な債務者又は財務内容に問題がある債務者など今後の管理に注意を要する債務者

    破綻懸念先:
    現状、経営破綻の状況にないが、経営難の状態にあり、経営改善計画等の進捗状況が芳しくなく、今後、経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる債務者(金融機関等の支援継続中の債務者を含む)。具体的には、現状、事業を継続しているが、実質債務超過の状態に陥っており、業況が著しく低調で貸出金が延滞状態にあるなど元本及び利息の最終の回収について重大な懸念があり、従って損失の可能性が高い状況で、今後、経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる債務者

    実質破綻先:
    法的・形式的な経営破綻の事実は発生していないものの、深刻な経営難の状態にあり、再建の見通しがない状況にあると認められるなど実質的に経営破綻に陥っている債務者。具体的には、事業を形式的には継続しているが、財務内容において多額の不良債権を内包し、あるいは債務者の返済能力に比して明らかに過大な借入金が残存し、実質的に大幅な債務超過の状態に相当期間陥っており、事業好転の見通しがない状況、天災、事故、経済情勢の急変により多大な損失を被り、(あるいは、これに類する事由が生じており)、再建の見通しがない状況で、元金又は利息について実質的に長期延滞している債務者

    破綻先:
    法的・形式的な経営破綻の事実が発生している債務者。例えば、破産、清算、会社整理、会社更生、和議、手形交換所の取引停止処分等の事由により経営破綻に陥っている債務者


    「金融検査マニュアル」には上記の定義以上の説明はありません。債務者によっては容易にこの5段階の区分のどこに位置づけられるのか明確なところもあるでしょうが、「業況が低調ないしは不安定な債務者又は財務内容に問題がある債務者」といった表現も使用されており、これだけではすべての企業を客観的に区分することは困難です。皆さんの所属企業はこの基準だけで「債務者区分」のどこに位置づけられるか判断できますか。


  • 信用格付
  • 金融機関では資金の貸出先をその財務諸表(貸借対照表、損益計算書等)等に基づき、信用リスクの程度に応じて10~16段階程度の独自の格付けを行なっております。これを「信用格付」と呼びますが、この格付方法は金融機関によって多少異なります。 10段階の格付体系を持つある金融機関の例をご紹介します。この金融機関では一部の格付けをさらにA、B、Cの3段階に分割して運用しております。

    格付1:
    債務履行の確実性は極めて高い水準にある

    格付2:
    債務履行の確実性は高い水準にある

    格付3:
    債務履行の確実性は十分にある

    格付4:
    債務履行の確実性は認められるが、将来景気動向、業界環境等が大きく変化した場合、その影響を受ける可能性がある

    格付5:
    債務履行の確実性は当面問題ないが、先行き十分とは言えず、景気動向、業界環境が変化した場合、その影響を受ける可能性がある

    格付6:
    債務履行は現在問題ないが、業況、財務内容に不安な要素があり、将来債務履行に問題が発生する懸念がある

    格付7:
    貸出条件、履行状況に問題、業況低調ないしは不安定、財務内容に問題等、今後の管理に注意を要する

    格付8:
    現状、経営破綻の状況にはないが、経営難の状態にあり、経営改善計画等の進捗状況が芳しくなく、今後、経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる

    格付9:
    法的・形式的な経営破綻の事実は発生していないものの、深刻な経営難の状態にあり、再建の見通しがない状況にあると認められる等実質的に経営破綻に陥っている

    格付10:
    法的・形式的な経営破綻の事実が発生している


    上記の「信用格付」の定義を見ますと、「金融検査マニュアル」の「債務者区分」の定義よりも客観性が後退しているように見えます。しかし、金融機関では自ら実施するこの「信用格付」の判断を客観的に行えるように「定量要因」と「定性要因」の両面から判断基準を明確にする努力をしております。これについてはその一例を次回にご紹介する予定です。この判断基準を使えば、皆さんが所属する企業が金融機関からどのように評価されているか明確になります。


  • 信用格付と債務者区分の関係
  • 金融機関が独自に行う「信用格付」と金融検査マニュアルの「債務者区分」は整合性が取られていなければなりません。区分の上下が異なったり、「信用格付」と「債務者区分」の対応を明確にしておくことが要求されます。「信用格付」のところで一例としてご紹介した金融機関では、この対応を次のように行っております。

     格付1  --- 正常先
     格付2  --- 正常先
     格付3  --- 正常先
     格付4  --- 正常先
     格付5  --- 正常先
     格付6  --- 正常先
     格付7  --- 要注意先
     格付8  --- 破綻懸念先
     格付9  --- 実質破綻先
     格付10 --- 破綻先


  • 債務者区分と貸倒引当率の関係
  • 金融機関は債務者区分に応じて貸倒引当金を積みますが、その引当率は各債務者区分ごとの倒産確率の統計値を採用します。不良債権の危険性の程度がこの貸倒引当率に反映されているのです。
    一例としてある金融機関のある時期における債務者区分ごとの貸倒引当率をご紹介します。

     正常先(債権全体分) -----  0.17%
     要注意先(債権全体分) ----  8.74%
     破綻懸念先(非保全部分) ---  72.42%
     実質破綻先および破綻先 ---- 100.00%


    非保全部分とは債権額のうち物的・人的担保でカバーされていない部分をいいます。

    例えば破綻懸念先に区分される企業に対して無担保で1億円を資金貸出しようとする場合(あまり現実的ではないケースですが)、貸倒引当金として約7,200万円を積み増さなければならず、それだけ自己資本が減少することになってしまいます。逆に1億円を破綻懸念先から回収できれば約7,200万円の貸倒引当金を減額することが可能となり、それだけ自己資本が増加することになります。

    最近まで、きちんと債務返済をしていた企業はその後も資金貸出を受けることができました。しかし、この「債務者区分」という考え方が導入されてからは、債務返済をしていたかどうかは評価のごく一部にしか効果を持たず、企業の「債務者区分」に従って貸出の可否が判断されるようになっています。急に金融機関から融資を受けられなくなったと感じた場合は、その企業が「要注意先」以下に区分された可能性が高いといえましょう。特に自己資本の充実を図らず、社外資産の充実に努めてきた中小企業は、実質債務超過に陥っている場合が少なくありません。この場合「破綻懸念先」に区分される可能性が高いことに注意しなければなりません。

    4月28日に経済新聞等で金融庁による新検査に関する報道がなされました。従来の検査は債務者区分にのみ着目して実施されてきたようですが、新検査ではこの貸倒引当金の水準にまで踏み込むとのことです。この新検査に対しては、金融機関からは行政の行き過ぎた介入であると、かなり反発も予想されております。

    最も余裕のある金融機関でも前回お話したBIS自己資本比率が平成15年9月末でやっと12%強になった状況です。上記の貸倒引当率の高さから感じることですが、金融機関が業況の不調な企業に対して、「貸し渋り」、「貸し剥がし」に走る気持ちが理解できないわけではありません。

    金融機関はこの債務者区分あるいはその「正常先」を独自にさらに細かく管理している「信用格付」に応じて、貸倒引当率や設定金利を管理しております。つまり、金融機関が積まなければならない貸倒引当率が高ければ(つまり危険性が高ければ)、それに応じて金利も高く設定してきているということです。

    資金を借り入れる企業側としても、自社が「正常先」に区分されるか、「要注意先」以下に区分されるかで、資金調達の難易度がまったく異なることに留意する必要があります。


次回は企業の「財務体質の改善」に直接関係してくる金融機関が独自に行う「信用格付」の具体的判断基準について、その一例をご紹介する予定です。

訂正:
前回、オフバランスについて簡単にご説明しましたが、金融機関の場合のオフバランスとは次のとおりであることが判明しましたので、お詫びして訂正いたします。

オフバランス化:
オフバランス化とは、清算型処理、再建型処理、債権流動化、直接償却、回収、債務者の業況改善などにより貸借対照表から不良債権を落とすこと


以 上


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