東日本大震災復興のシナリオ     2011/03/22掲載、03/29更新

  • はじめに
  •  3月11日に発生した東日本大震災(東北関東大地震)は、最大震度7という類まれな揺れを記録するとともに、巨大な津波が沿岸地域に押し寄せ、全てを破壊し尽くしてしまいました。被害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げるとともに、物資の不足、3月とは思えない寒さの続く中で辛苦の避難生活を強いられている方々に、一刻も早く十分な救援の手が差し伸べられることを祈っております。

     この地震に伴う津波は原子力発電所にも甚大な被害を加え、現在決死の覚悟で献身的な作業が継続しており、事態は徐々に改善に向かっているように感じますが、いまだ予断を許しません。地震・津波・原発事故という、いまだかってどの国も経験したことのない三重苦を日本は背負わされ、被害に遭われた地域の完全復興には長い歳月が必要な状況です。

     震災により財産のほとんどを失い、あるいは報道で明らかになりつつある原発からの放射能の漏洩による被害が想定される方々の中には、将来を悲観して希望を失いかけている方々もいらっしゃるのではないかと懸念しております。

     いまだ救難活動が続く状況で少し早いとは感じますが、本稿では被災された方々に少しでも将来に希望が持てるような、そして実現可能性のある復興のシナリオとして、一つのアイデアを提言したいと思います。

  • 個人による復興の困難性
  •  被災された方々の中には、漁業や農業などを個人的に営まれていた方が少なくないと感じます。そのような方々が今までの蓄えや地震保険などで個人事業を再興できればよろしいのですが、銀行などからの資金の借入で自宅を入手し、個人事業を再生していこうとすると多くの困難が伴います。資金の借入は将来の返済が前提となるからです。

     阪神淡路大震災の際、政府は税金の優遇処置や、直接的・間接的に低利の融資を行なうことはあっても、個人資産の獲得そのものに税金を投入することはできないという姿勢を崩しませんでした。この姿勢はその後「被災者生活再建支援法」により改められ、現在は要件が整えば、最大で300万円が支給されるようになっております。これが3000万円であれば支援金として評価できますが、国民の税金を使うのですから、金額については議論は百出し、適正な金額を定めるのは難しいと感じます。とはいえ阪神淡路大震災のときと比べれば大分改善はされましたが、現在の支援金では自宅の再取得や個人事業の再生をすることは大変困難です。

     現在、心ある人々から義捐金が日本赤十字に集まってきており、すでに400億円を超えております。この義捐金は適正な手続きを経て被災者に分配されるとのことですが、分配を受ける被災者が40万人(仮定の人数です)いらっしゃるとすると、一人当たり(1家計あたり?)10万円となります。これは義捐金ですので、金額の多寡を議論するのは道徳的にしたくありません。寄付していただいた方々の気持ちを大切にしたいと思います。本稿では当初「この義捐金は当面必要とされる消費財に使われ、個人の住宅や事業用資産などの耐久財の取得に充てられる可能性は低いと思います」と記述しておりましたが、お詫びして訂正させていただきます。

     それでは、このような状況下において、いかにしてこの難局を乗り切ればよいのでしょうか。

  • 事業組織の設立
  •  被災者の中で同様の事業(漁業、農業、小売業、各種サービス業など)を個人的に営んでいた方々が結集し、事業組織を作ることを提言したいと思います。人は結集すれば一人ひとりの合算以上の大きな力を生み出します。世間に対するアピールもより大きくなります。個人では難しい少し大きな事業も組織では展開できます。その組織が大きくなれば、個人事業に較べて事業規模ははるかに拡大され、より効率的な事業運営が期待できます。組織の形態は株式会社、農業法人、有限責任事業組合(LLP)などが考えられます。

     地震・津波で壊滅的な被害に遭われ、不幸にしてほとんど全ての財産を失ってしまった被災者でも、地盤沈下で海面下になっていない限り、土地だけは残っていると思います。これらの残された財産を新たに設立される事業組織に対して、現物出資もしくは適正な価格での売却を検討してみましょう。土地がまとまって広大になれば、その価値を増し、それを利用した事業も大きく効率的になります。また、土地などの出資できる財産をお持ちでない方々も、従来から培ったスキルやノウハウを事業に提供するために、役職員となって事業活動に参加しましょう。もちろん現物出資した方も参加できるのであれば、役職員として参加しましょう。

  • 事業承継問題
  •  都会の若い人の中には一般事業会社への就職難という事情も手伝い、農業に興味を持ち、就農の希望を持つ方々も現れてきております。事業組織であれば、そのような方々の就農が容易になりますし、後継者問題による廃業にも歯止めがかけられます。これは農業に限った話ではありません。様々な事業の後継問題を解決する可能性があります。

  • 「東日本大震災復興ファンド」の組成
  •  事業組織設立とは別に「東日本大震災復興ファンド(仮称:目的を明確にした一種の投資信託)」を立ち上げ、企業等の法人を含め国民に向けて出資を募ります(もちろん、海外からの支援としての出資も拒みません)。このファンドは資本市場に上場させて、出資者による資金回収を容易にします。ファンドですので寄付金とは異なり、将来の資金回収の可能性がありますので、より多くの方々からより多くの資金提供が期待できます。

     企業からのこのファンドへの出資は立派な社会貢献ですので、CSR(企業の社会的責任)リポートに胸を張って言及できます。現金が有価証券に代わるだけですので、流動性は若干損なわれますが、出資企業の資産が減るわけではありません(有価証券の時価評価についてはここでは触れません)。

     このファンドに集まった資金は被災者が設立した様々な事業組織に出資され、復興を支援します。これは貸付ではなく出資ですので、出資を受けた事業組織は返済の必要はありません。その代わり、事業から利益が得られるようになった際は、その利益を分配する必要がありますし、将来的に必ず利益を出し、それを分配する覚悟で事業を展開する必要があります。ファンドからの出資を容易にするために、被災者の個人事業ではなく、ある程度の大きさの規模を持ち、継続性のある組織的な事業であることが求められるのです。

  • 利益の分配割合
  •  利益が出るようになり一定の条件をクリアすれば、株式会社ですと出資額の割合に応じた分配がなされます。しかし、ファンドの性格からすれば、被災者の方々に当面はより多くの分配がなされるように、出資割合に縛られないLLPという組織形態が相応しいのではないかと感じます。利益の分配金はファンドにも支払われ、ファンドの出資者へ還元されます。当面は利益を期待できませんので、利益の分配は現行法上困難ですが、役職員の給与はファンドの出資金から支払が可能です。役職員とならずに現物出資だけ行なった被災者にも分配金が支払えるような時限立法処置が検討される必要がありましょう。

  • 住居問題
  •  事業組織であれば、福利厚生施設として役職員用の住宅建設にも出資金を支出可能ですので、事業組織から支払われる給与や分配金と合わせて、被災者の方々の生活基盤の早期整備も容易になります。津波による被災地に建設されることになりますので、高台に高層マンションという形が現実的でしょうか。高台に立つ高層ビルは陸上・海上を含め、その地域の防災や情報通信の分野で大変価値のあるものですが、様々なアイデアは今後の議論を待ちたいと思います。
     事業組織の目的に「不動産の賃貸」を加えて、役職員の需要以上に住宅を建設し、自治体に賃貸すれば、自治体は事業組織に関与していない被災者向けの住宅として、安価に斡旋することも可能です。

     個人財産への支出ではありませんので、政府も復興資金を上記のファンド経由あるいは直接事業組織に資金提供できる可能性もあります。しかし税金(増税?)や国債発行により確保された復興資金は、法律によりその使い方に制限を受けますので、迅速で柔軟な意思決定・運用は困難ですし、無駄な使い方も多くなりがちです。国の資金は道路や防災などの社会インフラの再整備に使うことにして、民間の知恵の詰まったファンドによる復興資金を、被災者の実生活の効果的・効率的な立直しに活用しましょう。

  • 政府の対応
  •  上記のアイデアについては現行の法律では困難で、立法処置が必要になるところもあります。上記ファンドへの出資者に対する所得控除・税額控除等の税法上の優遇処置、上記事業組織による耐久財取得の際の消費税免除や支払われた給与に対する所得税優遇処置など、事業組織の早期立上げが可能となるように、政府として時限立法を含めた全面的な支援も検討されるべきでしょう。その引き換えとして、消費税率の引上げなどに国民は同意しなければならないかもしれません。


     上記のアイデアはまだ十分に練りきれていない面がありますし、事業組織に関与することになる当事者の様々な個別事情にも耳を傾ける必要があります。
     被災者の方々が一日も早く、健康で心温まる、経済的に安定した生活が送れるようになるため、独創的かつ建設的なアイデアが多くの方から寄せられるようになることを、切に期待しております。

以 上


Copyright©2011 That's it コンサルティング 斎藤 淳 All Rights Reserved.