財務体質改善(強化) (印刷用PDF

2004/05/17
  • 財務体質改善(強化)の基本的な考え方
  • 前号で金融機関が「信用格付」を行う際の拠り所となる各種指標とその判断基準についてご紹介しました。財務体質の改善(強化)はこれらの指標をより評価の高い方へ持っていくことに他なりません。

    各種指標およびその定義式を見ていくと、次の点に留意すればよいことが分かります。

       ・売上高増大
       ・キャッシュフロー増大
       ・売上債権回収スピードアップ
       ・棚卸資産(在庫)削減
       ・自己資本増加
       ・資産不所持
       ・負債圧縮
       ・etc.

    この結果は平凡であると言ってしまえばそれまでなのですが、配点の高かった指標(収益フロー、自己資本比率、債務償還年数)を考えると、「キャッシュフロー増大」と「自己資本増加」に最も注目しなければならないことがわかります。金融機関が今後企業の規模ではなく企業の収益性を重視して融資する姿勢に転換してきていることからも、「売上高」より「キャッシュフロー」を重視しなければならないことは明らかです。また、中小企業であれば自己資本の増加には消極的でしたが、この姿勢も改めていかなければなりません。これらの指標は単年度の値を評価するだけではなく、複数年度にわたる指標の動向にも注目する必要があります。

    株式市場に上場を果たしている大企業や中堅企業では、業績の良好な企業ほど株式市場・債券市場から直接資金調達するケースが多くなってきており(直接金融)、金融機関からの資金調達(間接金融)に対する関心は薄れてきています。一方、このような資金調達の手段を持たない中小企業では金融機関からの資金調達の重要性は従来とまったく変わりません。

    金融庁も公的資金を注入した銀行に対して中小企業向けの融資拡大を求めております。各銀行は金融庁に提出した経営健全化計画で中小企業向け融資目標を定め、2003年度において4大都市銀行はその目標をほぼ達成したとの報道(5月8日)もなされました。しかし、2003年度は貸し渋り、貸し剥がしが依然問題とされた年度でもあります。つまり、金融機関において中小企業の選別が厳しく行われた年度でもあると推測できます。

    また、5月3日の新聞報道によれば、三井住友銀行は2004年度中に中堅中小企業向けに3兆6千億円を新たに無担保で融資することを決定しました。新たに投入する「業績回復ローン」は業績の大幅回復が見込める取引先に対し、あらかじめ回復を見込んだ条件で資金を融資する仕組みです。融資契約には将来の売上高や経常利益、キャッシュフローなどの一定の達成目標を設定し、達成できなかった場合には貸し出し条件を見直す条項を入れて企業の努力を促すとのことです。他の都市銀行も利鞘の稼げる中小企業向け融資を増大させる戦略を立てており、優良中小企業に対する融資に関しては銀行間で厳しい競合が起きてきているようです。

    このように中小企業は大企業よりも金融機関を必要とし、金融機関も今後は大企業より中小企業に眼を向ける状況になってきた今こそ、中小企業は金融機関から選ばれる中小企業に脱皮していかなければなりません。選ばれるためには金融機関が行う「信用格付」で「正常先」と評価されるのが最低条件であり、同じ「正常先」でもより上位の「正常先」に位置づけられるように努力することが求められます。

    今回は上記しました中小企業が今まで積極的でなかった「自己資本増大」もしくは「自己資本比率改善」のための方策を中心に考えていきます。


  • 「自己資本比率改善」のための方策
  • ・デット・エクイティ・スワップ
    5月15日の新聞報道によりますと、経営不振に陥っている三菱自動車に対して4500億円の資本増強が実施されるとのことです。4500億円の主な内訳は三菱グループによる1500億円超の増資引き受け、フェニックス・キャピタルなどの投資ファンド(企業再生ファンド)による1500億円の増資引き受け、東京三菱銀行と三菱信託銀行がもつ債権1300億円相当のデット・エクイティ・スワップ(DES)となっております。DESは「債務の株式化」と訳されております。つまり、他人資本である借入金が自己資本である株式に転換されるわけです。借入金である債務が株式に変更となっても、その企業には新たな資金が入ってくるわけではありません。
    しかし、元本返済やその金利支払は不要となります。その代わりに、利益が出た場合は配当を考えなければならなくなります。債権者としては現状のままでは返済を期待できない債権を、業績が回復した場合のキャピタルゲイン(株価上昇による資金回収)が期待できる株式に変換した方が得策と判断したことになります。DESは債権放棄と同時に行われることが少なくないのですが、新聞報道では三菱自動車の場合は債権放棄には触れておりませんでした。また、従来の株主の地位を低下させる減資について触れていなかったのも何か訳がありそうです。
    中小企業の場合、金融機関が持つ債権がDESにより株式になることはほとんど考えられないと思います。ここでDESの対象と考える債権は経営者からのその企業に対する貸付金です。もちろんその他の債権者がDESに同意してくれるのであれば、それも対象となります。中小企業では利益を自己資本としてではなく、経営者の個人資産という形で社外に蓄積されているケースが少なくないことは今まで何度かお話しました。この個人資産が企業に対して経営者からの貸付金という形で還元されている場合があります。これをDESにより株式に変換して、自己資本比率を高めようというわけです。DESは新たな資金を必要とすることなく、自己資本比率を高めることが出来ます。

    ・遊休資産売却
    事業活動に利用されていない遊休資産が存在する場合は、これを売り払ったお金で債務を返済し、自己資本比率を高めることが出来ます。ここで注意しなければならないのは遊休資産の帳簿上の評価額です。売却価額が帳簿価額を下回る場合は、売却により自己資本も減少してしまいますので、最終的に自己資本比率が本当に向上するかどうか充分吟味する必要があります。先代の経営者の後を継いだオーナー経営者は先代の築いた資産を売り払うことに抵抗があるかも知れませんが、プロの企業再生請負人は何の躊躇もなくこれを実行します。

    ・リースバック
    事業活動に利用されている資産の場合は、単純に売却するわけには行きません。この場合はリース会社に売却し、そのお金で債務を返済するとともに、リース会社からその資産をあらためて借り受けることが考えられます(リースバック)。この場合、減価償却費の代わりにリース費用が経費としてかかってくるので、この得失も検討しなければなりません。売却価額と帳簿価額の差については「遊休資産の売却」と同様の注意が必要です。

    ・有形固定資産の証券化
    本社ビル等の不動産を所有している場合は不動産投資信託(REIT:リート)にすることが考えられます。不動産に直接投資するほど資産を持っていなかったり、手軽に不動産投資を始めたいと考えている一般投資家が利用できる仕組みとしてREITが注目されております。現在の低金利の時代にあっては3%程度の利回りでも一般投資家にとっては魅力があります。

    ・フルアウトソーシング
    北米ではアウトソーシング受託企業へシステム関連設備を売却すると同時にシステム関連業務に従事していた従業員も移籍させて、その受託企業からシステム関連サービスを受けるようなことが盛んに行われております。従業員の移籍まで含めたフルアウトソーシングは日本ではまだそれほど行われておりませんが、システム関連業務ばかりでなくその他の支援業務のアウトソーシングを検討することは充分価値があります。

    ・従業員持株会
    最後は直接の増資です。中小企業の場合、経営者イコール出資者であるケースが多いと思います。その経営者が増資できるだけの資産を保有していれば問題ないのですが、それが出来ない場合、親類縁者に増資の引受をお願いするのが一般的です。この親類縁者も出資に応じられない場合は、従業員からの出資を検討してみましょう。従業員の協力を得るにはIPO(株式公開)の夢を語るくらいの意気込みが必要です。また、意気込みだけでなく、具体的なIPOまでの事業計画を策定して実行に移す気概も示さなければなりません。従業員の理解が得られれば、従業員のモチベーションにもなり(IPO後に市場で売却すれば出資額の数十倍、時として数百倍のキャピタルゲインが得られる)、業績の向上も期待できます。なんといっても企業再生の原動力は従業員のやる気にあるといっても過言ではありません。


    貸借対照表の中身を詳細に検討していけば、他にも自己資本の増大と総資産の圧縮について、いろいろとアイデアが出てくるのではないかと思います。


次回はキャッシュフロー改善の前提となる利益構造の分析と分社化も含めた事業再編成について考えていきます。


以 上


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