経営改善計画 (印刷用PDF

2004/06/14

    業況の好調でない企業が金融機関に融資を依頼しに行きますと、最近ではこの「経営改善計画」の提出を求められることが多くなっております。今回はこの「経営改善計画」について考えていきます。


  • 「経営改善計画」の根拠
  • 「金融検査マニュアル」についてはすでにご紹介済みですが、この「経営改善計画」という言葉はこの「金融検査マニュアル」の「破綻懸念先」のところに盛んに出てきます。金融庁の検査官は金融機関の行う自己査定に対してその正確性をこの「金融検査マニュアル」に従って判断します。金融機関が行ったある融資先に対する「債務者区分」の正確性を金融庁の検査官が判断する際に、この「経営改善計画」の存否や妥当性を考慮して、『「破綻懸念先」ではなく「要注意先」と判断して差し支えない』といった記述が「金融検査マニュアル」にあるのです。

    従って企業が「経営改善計画」を金融機関から求められた場合、その企業は金融機関から「破綻懸念先」に位置付けられているという推測が成り立ちますし、「経営改善計画」は実質的に債務超過に陥っていると認められる「破綻懸念先」に分類されている企業が作成するものと基本的には理解できます。しかし、債務超過に陥っていない「要注意先」であっても、予防的にこの「経営改善計画」を策定し、より強固な経営基盤の構築を心がけていることを金融機関にアピールしておくことは、今後金融機関から融資を引き出すためには必要なことであると理解しておいた方が賢明です。

    金融機関にとっては「金融検査マニュアル」の区分である「破綻懸念先」に分類せざるを得ない債務者が「経営改善計画」を策定してその実現に努力していれば、「要管理先」に格上げできる可能性が出てきます。これは貸倒引当金の減額、ひいては金融機関自身の自己資本比率の向上という結論に至るので、融資先企業の行く末を案じるがゆえばかりでなく、金融機関自身の利益のためにも「経営改善計画」の提出とその実現への努力を求めるのは当然です。「経営改善計画」が成功して「正常先」となれば、この融資先に対する債権が不良債権ではなくなります。

    なお、余談ですが、前号でご紹介した「法的整理」による再生の場合、破綻した企業が会社更生法の適用を申請し、その際に策定されるのが「更生計画」であり、民事再生法が適用になる場合は「再生計画」、「私的整理」による再生の場合は「再建計画」となります。また、「法的整理」、「私的整理」を区別しない場合は「私的整理」で使われる「再建計画」が一般的な用語として使われます。新聞報道ではこれらの各種「計画」をあまり意識せずに区別なく使っているようです。このほか似たような「計画」には「経営革新計画」なるものがありますが、これは「中小企業経営革新支援法」で使われる用語です。


  • 「経営改善計画」策定のステップと内容
  • 上記の「経営改善計画」の根拠の説明から「経営改善計画」をあらためて定義すると、「企業が現在抱えている経営上の問題点を把握し、その改善策を具体的に示した、融資に際して金融機関に提出する経営計画」となります。ここで留意していただきたいのは、「経営改善計画」は「破綻懸念先」に分類されるような業況が良くないものの、まだ破綻していない企業に対して求められている計画であり、何とか破綻せずに生き残るための計画であるということです。破綻した後に策定される「更生計画」、「再生計画」、「再建計画」とは少々異なります(これには「債権放棄の要望」などが含まれます)。また、経営理念や経営ビジョンのようなものから演繹的に説き起こすような業容の拡大を目指す計画とも異なります(このような計画が不要というわけではなく、「経営改善計画」とは別に策定することを強くお勧めします)。「経営改善計画」では、差し迫っている問題とそれへの対策を主たる内容としたものが求められており、いわば対症療法的な緊急措置を念頭に置いて策定する必要があります。

    それでは「経営改善計画」策定のステップを考えてみましょう。

    1. 自社の現状理解

    まず、過去5期分程度の決算書(財務諸表)を準備します。以前ご紹介しました金融機関が行う「信用格付の基準」を参考に、各会計年度における各指標の推移を把握します。各指標から金融機関が行っている「信用格付」および「金融検査マニュアル」の「債務者区分」のどこに自社が位置付けられているかも推測しておきましょう。この位置付けについても過去どのように推移してきたか把握しておきます。

    事業別、製品・サービス別等の収支も把握する必要があります。

    提供している製品・サービスの業務面(業務プロセス、組織・体制、業務インフラ等)の現状もしっかり把握し、他社との比較ができるようであれば理想的です。

    2. 企業環境の把握

    企業環境は大きく外部環境と内部環境に分類できます。外部環境についてはいかなる動向が自社にとって機会(チャンス)であり、また脅威であるのか、内部環境についてはどの部分が自社の強みであり、また弱みであるのかを把握します(SWOT分析)。

    外部環境に関する情報のリソースとしては、新聞、雑誌、TV等のニュース報道、TVのビジネス関連番組、業界団体の発表資料、顧客や仕入先からの情報、自社の顧客サポート窓口への問合せやクレーム、同業他社との意見交換、インターネットのホームページ等をあげることができます。これらのリソースから得られた情報を次の6つのカテゴリーに分類し、その情報が自社に有利な情報(機会)なのか、不利な情報(脅威)なのか判断し、今後の動向を予測します。

     ・市場環境 :競合企業、供給業者、仲介業者、消費者
     ・技術環境 :基礎技術、生産技術、情報技術(IT)
     ・経済環境 :所得、物価、貯蓄率、金利、為替レート
     ・政治環境 :新立法、法律改正、規制緩和
     ・自然環境 :環境破壊、天然資源枯渇
     ・社会・文化環境 :人口動態、価値観、生活様式、慣習、嗜好

    内部環境については「基幹業務プロセス」と「支援業務プロセス」の2つに分けて考え、利用しているインフラも含めて自社の強みと弱みがどこにあるのかを把握します。

     ・基幹業務プロセス:
       購買物流、製造・加工、出荷物流、マーケティング・営業、顧客サービス
     ・支援業務プロセス:
       経営企画、財務・経理・法務・人事・労務、環境、品質管理、技術開発、調達
       活動

    3. 事業、財務、収益の点から問題点の洗い出し

    自社の現状の理解と企業環境の把握をしっかり行いますと問題点が見えてきます。しかし、最初に見えてきた問題点は表面的なものである場合が多く、その本質に迫る必要があります。見えてきた問題点を事業、財務、収益の3つにまず分類してみましょう。これで少し問題の本質が理解しやすくなります。さらに「なぜ」を5回程度繰り返して熟考すると問題の本質に迫ることができます。

    4. 問題点に対する改善策の立案

    問題点の本質が把握できましたら、その問題点に対する改善策を考えていきます。財務上の問題でしたら、すでにご紹介している「財務体質の改善」をご参考にしてください。事業・収益上の問題でしたらリストラクチャリングを考えなければならないことが多くなります。すでにご紹介している「利益構造の分析と事業再編成」をご参考にしてください。このステップで重要なのは改善策を小出しにせずに、一気に行うことを計画に盛り込むことです。改善策の実施は企業にとって痛みを伴うことが多く、この痛みを何度も従業員に感じさせるのは志気の低下を招き、得策ではありません。

    5. 数値目標および行動計画の立案

    問題点に対する改善策が策定できましたら、改善策が成功したかどうか判断できる目標を定めます。目標を設定する場合、目標となっていないことを犠牲にすれば容易に達成できるような目標は避けなければなりません。目標は抽象的なものではなく、数値目標もしくは白黒の決着がつく目標を設定します。数値目標はその定義を明確にして事後の目標のすり替えを防止する必要があります。また、数値目標ですからこれを計測する手段も考えなければなりません。

    数値目標を設定する際に「産業活力再生特別措置法の施行に係る指針」が参考になります。

    目標には前後関係や限りある経営資源のために優先順位をつけなければならないこともあります。そこで3年程度の期間でこの目標を実現する計画を中期計画として策定します。建設や造船など受注から引渡しまでの期間が長い業種の場合は5年程度としてもかまいません。その後、単年度の計画で詳細化します。

    目標が設定できましたら、その目標を実現するための行動計画(アクションプラン)を策定します。この行動計画には改善策を誰がいつまでにどのようにして実施していくのかを具体的に決定します。改善策の実施に費用がかかる場合はその見積も行います。「経営改善計画」に限らず、計画書をまとめたら神棚に祭って今までどおりの業務活動に戻ってしまい、改善のための具体的な行動を起こさないケースが多く見られます。今までの業務活動に改善策を織り込み、とにかく行動を起こすことが最も重要です。

    6. マネジメントサイクルの確立

    「経営改善計画」を実施する段階になりますと、重要なのは実施結果と計画とのギャップを把握し、それを計画にフィードバックしていくことです。いわゆる計画(Plan)、実行(Do)、検証(Check)、修正(Correct)のサイクルをまわすことになります(P-D-C-Aサイクルが一般的ですが、最後は「Action」より「Correct」の方が私は気に入っております)。このサイクルも1年、四半期、1ヶ月、1週間と管理レベルに応じて実施することを計画に盛り込みます。特にこのマネジメントサイクルは具体的に従業員や管理者の日々の行動の中に落とし込む必要があります。この落とし込みを行わないと、従業員のなかになかなか根付きません。

    7. 金融機関の立場に立ったレビュー

    いったん「経営改善計画」がまとまりましたら、自分が金融機関の融資担当者の立場になってレビューしてみてください。計画に実現可能性を感じますか。最低でも80%の計画達成は見込めますか。計画達成後のキャッシュフローによる融資資金の回収が確実だという心証を形成できますか。

    「経営改善計画書」はどの程度のページ数が適当でしょうか。金融機関に提出し、担当する企業を何十社と抱える担当者が読んで理解することを考えますと、数十ページになるようなものは不要です。多くてもA4で5ページ程度にまとめれば充分でしょう。金融機関によっては所定の様式を準備しているところもあります。


  • コミュニケーション
  • 「経営改善計画」の策定が終了しましたら、全従業員に対して経営者自らが説明して危機意識を共有し、従業員の理解と協力を取り付けます。「従業員の理解と協力」と簡単に一言でいってしまいましたが、実はここが一番困難で時間がかかるところでもあります。

    金融機関にも説明に行きましょう。融資を依頼するときだけではなく、普段から定期的にコミュニケーションをとりましょう。コミュニケーションの話題としてこの「経営改善計画」の進捗状況はうってつけです。この「経営改善計画」の説明の際に最も重要なことは、この計画およびその進捗状況の説明を通して、経営者の積極的な経営姿勢を金融機関の融資担当者に訴えることができるかどうかです。


以 上


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