企業統治 (印刷用PDF

2004/06/21

    経営再建中の三菱自動車工業へ出資を予定している企業再生ファンドのフェニックス・キャピタルは三菱自動車工業に対して企業統治の確立を強く求めており、フェニックス・キャピタルの代表が社外取締役として経営に参加することになっております。また、6月18日の日本経済新聞では「米国年金基金カリフォルニア州職員定職年金基金(カルパース)が企業統治に関して積極発言を繰り返していること」、「企業経営者に緊張感を与え、株主に顔を向けた経営を迫る外国人の持ち株保有比率が過去最高になったこと」、「経営に対して発言をしないことが暗黙の了解となっている株式持合いの解消が進んでいること」に関する記事が同時に別個の記事として報道されました。

    以前、「早期事業再生ガイドライン」をご紹介したときに、この企業統治(コーポレート・ガバナンス)についてあらためて取り上げることをお約束しており、良いタイミングですので、今回はこの「企業統治(コーポレート・ガバナンス)」について考えていきます。まずは、株式会社を例にしてその前提となる会社の仕組みを簡単にご紹介します。


  • 会社の仕組み
  • 株式会社という仕組みは、世の中に散在する資金を集めて少ない資金では実現不可能な大規模な事業を行うことにより、世の中をより豊かにしていってもらいたいという理念の下に考え出されました。

    資金を提供する人たちは会社の事業で得られた利益(世の中を豊かにしたご褒美です)の分配を期待して出資するのですが、逆に会社の事業により他人に損害を与えた場合、無制限の責任を負担させられるとしたら、気軽に出資などできません。そこで散在する資金を容易に集められるように、出資者が負担しなければならない責任の範囲を提供した資金に限定しました(有限責任)。別な言い方をすれば最大の責任を負担しなければならなくなった場合でも、すでに提供した資金の回収をあきらめるだけで免責としたのです。また、出資者は会社の所有者ですので、行使するかどうかは別として、会社の重要事項の意思決定権を有します。

    では、この会社と取引する人たちやお金を貸す人たち(出資者ではありません)にとって、この「有限責任」という仕組みはどう捉えられるのでしょうか。例えば原料をその会社に販売して後に代金を回収する場合、出資者が有限責任とすると代金回収ができなくなる不安を持ち、取引業者は安心してその会社と取引できません。そこで、会社は出資者に対して無制限にその資産を分配することを許さないこととし、一定の資産を会社と取引する人たちやお金を貸した人たちのために代金(借入金)返済の担保として会社に維持することを求めました。この一定の資産の数額が「資本金」というわけです。つまり出資者は会社に対して出資金(資本金)の払戻しは原則として要求できません。出資金の回収は株式という会社に対する所有者としての地位を他人に売却することにより行います。このように「資本金」の数額は大変重要ですので、会社の登記事項とされて公示され、誰でも閲覧することができます。また、債権者の同意を得ずに会社が勝手にこの数額を減らす(資本減少:減資)ことも許されません。会社と取引を行う人にとっての担保(信頼の源泉)が会社の資産ということですから、自己資本を充実させることはこの点でも重要なことなのです。会社の「資本金」が大きいほど取引する者にとって安心というわけですが、その会社の信頼性を「資本金」の多寡で判断することは現実にはあまり行われていないようです。

    会社の経営は規模が小さい場合は出資者が自ら行うこともありますが、規模が大きくなると経営の専門家に任せるようになります(所有と経営の分離)。重要な意思決定だけは出資者が集まって行い(株主総会)、日常の意思決定は出資者が選任した経営の専門家たち(取締役会)に任せます。その意思決定に従い業務を執行する責任者が取締役の中から互選により選ばれた代表取締役です。逆に言えば代表取締役は取締役会で解任できますが、取締役は株主総会で選任されますので、その取締役という地位まで取締役会で奪うことはできません。かつてある有名百貨店において、社長が取締役会で解任されるという騒ぎがありましたが、このような事件が時々報道されます。また、出資者は取締役の業務執行を常時監督することはできないので、株主総会で取締役とは別に監査役を選任し、取締役の職務執行を監査させることにしました。取締役(会)、代表取締役、監査役は国家で言えばそれぞれ国会(立法)、内閣(行政)、裁判所(司法)のようなものであり、この三権分立により互いに牽制しあって、不正のない業務執行を確保しようとしたのです。これが企業統治の議論の出発点です。

    ここで企業統治(コーポレート・ガバナンス)の定義をしておきます。企業統治とは「企業の持続的な発展を目指して公正かつ効率的な経営が行われるよう、経営者の業務執行を監督、評価する仕組み」のことを指します。より易しく言えば、「会社の経営に緊張感を与える仕組み」といっても良いでしょう。


  • 企業統治の形骸化
  • 取締役は上述のように株主の代表者であるはずなのですが、従来日本の会社における取締役は従業員の昇進の最終ポストという捉え方がされてきました。しかもその取締役は代表取締役(社長)が指名して株主総会で選任するという手続きが通常行われ、監査役についても同様です。従って取締役には株主の利益を守る代表者という意識が希薄であり、これでは職務執行を行う代表取締役に対して緊張感を与えることは困難です。

    なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか。答えは株式の持合です。戦後持ち株会社が禁止されると(現在は許されております)企業の乗っ取りが頻発し、旧財閥系企業により行われた企業防衛のための株式の相互保有がその始まりです。1967年に第一次資本自由化が行われ、これにより外資による会社支配が懸念されましたので、日本の企業は株式の相互保有をいっそう強めました。株式の持合は安定株主を増やすことによる経営の安定を図るとともに、取引を行う者同士の結束を強め(企業系列)、実際取引の長期・安定化にも寄与するという利点がありました。

    しかし、株式の持合では相手会社の経営や内部問題には口を出さないという暗黙の了解ができており、株式の持合をおこなう会社では法人が持つ株式が過半数を超えるところも出てきて、少数株主の無力感も手伝い、株主総会が形骸化してしまったのです。こうして商法がもくろんだ理念は崩れてしまい、監査役の権限を強化してこれを是正しようと商法の改正が行われましたが、事実上代表取締役が選任する監査役に業務執行の監督機能を求めることがそもそも無理だったのです。

    緊張感の伴わない経営をしている会社は法令順守の姿勢が甘く、不祥事を起こすことが少なくありません。経営者に対してその暴走を止める仕組みがなく、経営者の恣意的な行動を許すことは株主の利益になりませんし、社会への貢献についても期待できません。


  • 株式の持合の解消
  • 株式の持合は、それによる会社の閉鎖性、不透明性という問題が指摘されておりましたが、この株式の持合がバブル崩壊に伴い解消し始めました。業況の良くない企業は金融機関の自己査定による「信用格付」により銀行からの借入れが難しくなって資金繰りが悪化し、資産を売却して調達しなければならなくなりました。持ち合い株式がこの格好の資産となったのです。また、バブル崩壊後の株式会社の配当は低く、持ち合い株式の資産としての効率が悪いものとなってしまったことも株式の持合解消を促進しました。言い換えれば、持ち合い株式を売却して有利子負債を返済したり、新たな事業資金に回した方が会社にとってはるかに有利ということになったのです。株式の持合は銀行が中心になって行われてきましたが、ここ数年で旧財閥の枠を超えた金融再編成が行われ、大手銀行同士の合併が行われました。これによって独占禁止法で禁止されている5%を超える株式を所有する金融機関が出てきて、これを回避するためと自己資本比率を高めるための資産圧縮を行うために、株式の持合が解消に向かったという事情も見逃せません。

    では売りに出された持合株式は誰が購入したのでしょうか。その多くは外国人投資家が購入しております。外国人投資家は物言わぬ株主ではありませんので、会社に対して経営の閉鎖性や不透明性の排除と利益配当の増額などを遠慮なく求めてきます。つまり、会社に対してもっと株主の方に顔を向けた経営を要求し始めたのです。会社としても無視できない割合の株式を所有した株主の意見を聞かざるを得なくなりました。会社は事業のグローバル化ばかりでなく、経営のグローバル化にも対応せざるを得なくなったということです。こうして会社は企業統治に対して真正面から取り組まなければならない状況になりつつあります。


  • 企業統治確立の手段
  • 会社の閉鎖性、不透明性を解消して緊張感のある経営を実現するためにはどのような仕組みが必要なのでしょうか。日本コーポレート・ガバナンス・フォーラムという非営利の学術研究団体が世界のコーポレート・ガバナンス原則を調査し、日本国内の企業に対するアンケート調査などに基づき、1998年に「コーポレートガバナンス原則」というものをまとめました。これは2001年に改訂されて、現在は14個条の原則にまとめられております。

    この原則の概要は次のとおりです。

    ・取締役と業務執行役員を区別し、取締役は業務執行の監視・監督に専念する
    ・取締役会構成員の過半数は社外取締役で構成する
    ・取締役会の内部機関として指名委員会、報酬委員会、監査委員会を設置し、各委員の過半数は社外取締役で構成する
    ・「指名委員会」は取締役の候補者を決定して株主総会に提議し、経営執行者の人事を取締役会に提議する
    ・「報酬委員会」は取締役、経営執行者に関わる報酬制度および個別金額を審議する
    ・「監査委員会」は会計・監査全般を統轄する

    政府としてもこの「コーポレートガバナンス原則」と同様の考え方を基本として商法の改正を行い、2003年に施工しました(商法特例法)。いわゆる委員会等設置会社制度です。委員会等設置会社制度を採用する会社では監査役制度は廃止されます。

    この委員会等設置会社制度は法律が施行された2003年にソニー、東芝、日立グループ、オリックス、イオンが先行的に取り入れました。ソニーでは社外取締役の一人として日産自動車のカルロス・ゴーン社長を招聘しております。

    日本でもベストセラーになった「ザ・ゴール2」(エリヤフ・ゴールドラット著)の中で北米企業の2人の社外取締役が準主役として登場しますが、日本人の感覚からすれば、この2人の言動が社外取締役として例外的であるという印象を持つ方が多いと思います。このコーポレート・ガバナンスの考え方を知れば、この社外取締役の言動をよく理解できるはずです。北米においてはコーポレート・ガバナンスがうまく機能している伝えられることがありますが、現実は社長の親しい友人を社外取締役に選任させるようなことも行われており、必ずしもうまく機能しているケースばかりとはいえないようです。

    コーポレート・ガバナンスへの取組が弱いと株主の不満を背景に敵対的買収(TOB)を仕掛けられることがあります。失敗はしたものの、北米におけるコムキャストによるディズニーに対する敵対的買収はその一例です。また、三菱自動車再建で独ダイムラー・クライスラーが支援を撤回したのは、大株主であるドイツ銀行と労働組合の意向を尊重したためでありました。


以 上


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